緑のオアシスに入ると、大きなダイオウマツがお出迎え
池袋線「大泉学園駅」から5分ほど歩くと、住宅地の一角に突如現れた小さな森のような施設。この施設こそが牧野博士が愛した邸宅の跡地になります。緑が勢いよく生い茂った入り口をくぐり抜けると、東京都区内とは思えないほど、神秘的な緑のオアシスが広がっていました。
今回は、施設の学芸員を務める田中純子さんに案内していただきました。
入ってすぐ目の前には、牧野博士自身が植えたとされる、26メートルにもなる大きなダイオウマツが私たちを迎えいれてくれます。樹齢は約90年、長い歴史を経験しながらゆっくりと成長したその雄大さは圧巻です。
松の上を見上げると、太い枝にカラスが小さな巣を作っていました。こうした植物たちと共存する動物の生態を観察できるのも本庭園の魅力です。ダイオウマツのすぐ下に視線を移すと、アカマツ、クロマツ、ダイオウマツの松傘が背を比べています。
写真の通りダイオウマツの松傘の大きさは、なんとアカマツやクロマツのものと比べ5倍ほど大きくなるそうです。田中さん曰く「秋から冬の松傘が落ちてくる季節になると、ダイオウマツの周辺は『頭上注意』になってしまうんです」とのこと。
四季を感じられる色とりどりの植物たち
草木が生い茂った道を進んでいくと、牧野博士が愛した多くの花や植物たちが輝きをはなっていました。取材時は6月上旬ということもあり、梅雨の時期にみられるアジサイが見ごろを迎えていました。
田中さんがイチオシするのがヒメアジサイとガクアジサイの2種類。
ヒメアジサイは澄んだ青色が特徴で、牧野博士が命名したということで有名。取材当時、花開いていたのは1輪のみでしたが、年によっては満開に咲き誇ったヒメアジサイが見られるかもしれません。
そして、小さな粒の様な花が集まり、その周りを額縁のように装飾花が囲んでいる姿が特徴的なガクアジサイも見ることができます。ポピュラーな手まり咲きアジサイとは違う、小さく繊細な姿は、儚い魅力を放っています。
また、例年は7月上旬に開花が期待されるヘラノキもすでにつぼみをつけていました。このヘラノキも牧野博士自身が命名した植物のひとつで、開花すれば小さな淡い黄色い色の花が姿を現します。基本は近畿以西に分布しており、都内で見られるのはめずらしいかもしれません。
そして、春には牧野博士が名付けたとされるサクラ"仙台屋"やヤマザクラ、オオカンザクラなど計10種類のサクラがかわるがわる咲き誇り、秋にはキンモクセイ、そして早春にはユキワリイチゲなどが花を咲かせます。Webサイトでは庭園内の植物情報が見られるので、チェックしてみてはいかがでしょうか。
献身的な妻の姿を重ね合わせたスエコザサにも注目
庭園内をさらに進むと、牧野博士の胸像と博士を支えた妻・壽衛夫人の名を冠するスエコザサがお目見え。葉は一つも枯れることなくみずみずしく輝いていました。
スエコザサは牧野博士が妻・壽衛夫人が亡くなる前年に仙台で見つけたアズマザサの変種。風が吹くとさやさやと懐かしい音をさせることから、自身を献身的に支えてくれた夫人に感謝の念を捧げて、博士がその名前をつけました。
庭園の入り口付近に、牧野博士が妻への感謝を歌った「家守し妻の恵みや我が学び 世の中のあらん限りやスエコ笹」という有名な俳句が刻まれた石碑があり、それを囲むようにスエコザサが植えられています。
研究の最後の聖地。晩年の博士が過ごした書斎を完全再現
庭園のさらに奥へと進むと、牧野博士が晩年使用していた書斎と書庫の建物を保存した書屋展示室があります。今年4月から内部が晩年の様子に再現展示されていました。再現された約8畳の書庫には、足の踏み場もないほど本が積み上げられています。これらの本は古書や複製本を使って、忠実に再現されたプレミアムなものばかり。
また、本だけではなく、書斎には牧野博士がこだわって集めた仕事道具もズラリ。使用していた道具のメーカーから直接、当時の貴重な品物を提供していただいたものもあるのだとか。
ちなみに内部を再現された書斎と書庫は、牧野博士が実際に使っていた一部に過ぎず、当時使用していた書庫はさらに3部屋あったそう。合計で4部屋に所蔵されていた本の総数はなんと約4万5000冊。植物を愛し、研究に没頭し続けたゆえんがここにあります。
そして、隣の記念館では、常設展示に牧野博士についての解説パネルや執筆した書物、描いた植物図など、展示物が充実。植物研究に捧げた人生をたどることができます。
展示されていた道具の中でも注目なのが、牧野博士自身が壊れても修理しながら使っていたというドイツ・ZWILLING社製の剪定バサミ。植物採集においてはハサミの切れ味が重要なため、使いやすさを重視して愛用していたのだそう。
世界有数の刃物のメーカーとして知られるZWILLING社は、今年の5月に「MAKINO EDITION」として牧野博士が愛用した剪定バサミを復刻。オンラインサイト(ミュージアムショップまきの)や本施設の受付でも販売されています。
紹介した展示以外にも期間限定の企画展やボタニカルアート講座、標本製作などが体験できる講座も随時実施されています。
これからさらに新しい植物たちが顔を現す夏の時期。練馬区立牧野記念庭園に足を運んで、植物のおもしろさ、趣深さを感じてみてはいかがでしょうか。