生薬の原料となる植物を中心に、さまざまな品種を栽培
「東大和市駅」を出てすぐの松の木通りを左に進むと突き当たり、都道沿いに現れる「東京都薬用植物園」。レンガ造りの門と立派な松の木、入口から見える三角屋根の温室が目印です。
「東京都薬用植物園」では1946年の設立以来、薬務行政の一つとして、薬用植物の収集・栽培を行っています。植物園で育てられた植物を標本にして、健康食品などの原材料と比較し、それらの特徴が一致しているかどうかの検査などを実施しています。
また、一般の方にも薬用植物や生薬の正しい知識を学んでもらえるように無料開放を行い、薬草教室などのイベントや民間団体による園内ガイド(要予約)も行っています。年間を通して約10万人ほどの人が訪れるそう。
今回園内を紹介してくれたのは、主任研究員の中村耕さん。普段は薬用植物の鑑別試験や研究を行っています。
「東京ドーム約3分の2の広さの園内では、753種の薬用植物をメインに数多くの植物を栽培しています。漢方薬原料植物区、製薬原料植物区、有毒植物区など12のエリアに分かれています。現在、日本国内の野生植物のうち3種に1種が絶滅の恐れがあるとされているのですが、園内ではそれらの絶滅危惧種も植栽しています」
最初に案内してもらったのは展示室。室内には植物や動物、鉱物などを乾燥させて長期保存できるようにした生薬がずらりと並んでいます。
「実は、セミの抜け殻はかゆみ止めの薬に使用されているんですよ」と話す中村さん。それぞれの意外な効能に驚かされます。
漢方薬や医薬品の原料となる花々が競演
漢方植物区には漢方薬の原料となる薬用植物が栽培されています。取材に伺った2024年5月は、ベニバナやイトヒメハギの花が咲いていました。ベニバナの花は婦人薬として使用される生薬です。
「イトヒメハギは"遠志(おんじ)"という生薬名を持ち、物忘れを改善するはたらきがあるといわれています」と中村さん。"志が遠大になる"という由来から「遠志」と名づけられたそうです。
漢方植物区をしばらく歩くと、銀の筒がいくつも立っているゾーンが。よく見ると筒から伸びた植物が可憐な花を咲かせています。
「これは風邪薬で知られる葛根湯などに使用されるカンゾウ(甘草)という植物です。根の部分が生薬になるのですが、この筒に植えて育てることで根が真下に伸びやすくなり、自生している環境も再現されるんです」と中村さんが教えてくれました。
薬の原料となる植物エリア・製薬原料区で鮮やかな花を咲かせていたのがジギタリス。葉の部分が心不全などに用いる製剤の原料とされていました。
別名・ホワイトレースフラワーという名の通り、レースのような白い花が美しいアンミマユスは園芸でも人気の植物。実の部分が白斑の治療薬として用いられていたそうです。
「製薬原料区にある植物に関しては合成してできる成分であるため、現在は薬用植物を使用していないものがほとんどです」と中村さん。
熱帯の植物たちがパワフルに生い茂る温室内
植物園を巡ったあとは、素敵な外観の温室へ。室温25~30度の温室には、夜になると花が咲き甘い香りを漂わせる夜香木(やこうぼく)や、果実がインフルエンザ治療薬のタミフルに使用されるトウシキミなど、熱帯の植物が生い茂ります。
なかにはバナナやミラクルフルーツなど、果実をつける樹木も。1年を通して楽しめる空間です。
カカオの実もたわわに実っています。チョコレートの原料として知られるカカオですが、37度程度で溶ける性質を利用して座薬のコーティング剤としても使用されているそうです。
かわいらしいログハウス「草星舎」には苗やグッズが揃う
製薬原料区の目の前にあるかわいらしいログハウスは、「草星舎」という売店。こちらではさまざまな苗のほか、植物に関する本や地域の福祉法人による裂き織り(横糸としてひも状に裂いた布を織り込んだ織物)のグッズが販売されています。ハーブパッドづくりやリース教室など、植物に関するワークショップも行っているとのこと。
古くは薬科大学だった土地を買い取って都心から引っ越したという「東京都薬用植物園」。「周辺が静かで自然が多く、環境がいいというのもこちらに移ってきた理由かもしれません」と話す中村さん。取材中は常に鳥のさえずりと木々のざわめきを感じる心地よい時間が流れていました。
春夏秋冬を通して姿を変える植物たちの姿や驚くべき効能の数々は、興味深く魅了されます。駅のそばでありながら自然あふれる「東京都薬用植物園」で薬用植物の世界を堪能してみてください。
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