街道沿いでレトロな空気に包まれた老舗ベーカリー

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秩父神社から数分歩くと、白と緑のレトロなひさしに「松本製パン」の看板が見えてきます。交通量の多い国道沿いで営業中は入口を開放。地元民でも観光客でも、誰でもウェルカムな雰囲気の老舗ベーカリーです。

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「有名な手作りコッペパン」など手書きのポスターとともに、これまでに店を訪れた有名人の写真や雑誌、新聞の切り抜きが店内のそこかしこに飾られています。年代物のショーケースには、コッペパンや総菜パンが静かに並んでいます。

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「ああ、いらっしゃい」と出迎えてくれたのは店主の松本茂さん。「松本製パン」は松本さんの父・愛三さんが1924(大正13)年に創業しました。「うちの親戚が東大赤門前でパン屋をやっていて、親父はそこで修業してこの店を開いたんですよ」。

添加物は一切加えない。父の製法を守り続けて60年

パン作りの工程は先代の頃から変えていません。夕方に小麦粉と酵母菌を混ぜ、一晩かけてゆっくり発酵させます。朝4時半に起床すると、すぐに発酵具合を確認。5時過ぎから生地をこねて成型し、夏は8時半、冬は9時からオーブンに入れます。「保存料や添加物を入れないパン生地はとても繊細で、60年経った今でも扱いに苦労します。オーブンから取り出すと、パンが笑ってる日もあれば泣いてる日もありますよ」。

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表面を香ばしく、中はしっとりと軽い食感に焼いた「コッペパン」(130円)は、「松本製パン」の看板商品です。注文の際にバターやあんこ、ジャムなどをサンドするのが流儀。一番人気は「あんバター」(170円)。自家製のあんこは "昔ながら"という言葉がしっくり来るほど、甘味をちゃんと効かせた懐かしい味わいです。

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茂さんの代になって商品化した「やきそばパン」「クリームパン」(ともに130円)も人気があり、早い日は午前中で完売してしまうことも。「親父の頃はあんパン(写真中央・130円)みたいな甘いのしか置いてなかったけど、時代とともにパンの具材もいろいろ増えてね。それで私の店でも総菜パンを始めました」と茂さん。

パン食の根付いていない時代に創業し、女性の間でブレイク

「松本製パン」の草創期、パンのほかにかりんとうも製造・販売していました。「『パンなんてハイカラな食べ物、秩父じゃあ誰も食べない』と、親父はかりんとうも作っていたんです」。愛三さんの予想は的中し、パンの販売は大苦戦。

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しかし次第に、周辺で働く女性がパンに飛びつきました。「昔は秩父銘仙の機屋(はたや)がこの辺に沢山あってね、そこで働く女性従業員さんたちが『こんなの食べたことない!』と言ってパンを買うようになったんです」。

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茂さんは1944年に松本家の次男として生まれました。高校では生徒会長を務め、一時は大学に進学して教員になることを夢見ていましたが、高校卒業と同時に家業を継ぎます。その理由を本人はポツリと「仕方なしに、だよ」。茂さんの上には年の離れた長男がいましたが、20歳で急逝。その葬儀の日に生まれたのが茂さんでした。

夫婦2人の手で生み出す99年目のコッペパン

1962年から茂さんが店に入り、しばらくは父子2人でパン作りに励みました。教員の道を諦め、同級生たちが大学生生活を楽しむ姿を横目に、茂さんは毎日小さな工房でパンを焼き続けました。「本当は店を継ぐ気がなかったから、しばらくは『いつ辞めようか』と考えながら働いてました」と振り返ります。

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奥さまの松子さんとは23歳でお見合い結婚。後に2人の娘を授かります。「腹が決まったのは結婚したとき。こどもができて家庭を持ったら甘いことばかり言ってられないから」。それから55年、今では「女房がいなかったら店は続けられない。2人で仲良く協力してやらなきゃあ、このパンはできません」と言うほど、茂さんにとって松子さんは大切な存在です。

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「松本製パン」の後を継ぐ人はいません。過去に弟子入りを希望した若者もいましたが、茂さんはすべて断ってきました。「身体が言うこと聞く限りはやりますけど、私の代でおしまい。後になって『こんなパン屋が秩父にあったよね』って言われるくらいでいいんですよ」。
茂さんと松子さんが生み出すパンはどれも、飾り気のないシンプルな見た目と味です。創業100年の節目を控えた今の心境を聞くと、「特にないかな......。まあ、親父に『100年持った』と報告するかな」と静かに微笑む顔が印象的でした。

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