ファサードから丁寧に紡がれたグリム童話のような世界観

小さなイングリッシュガーデンを眺めつつ、入口へと誘われたその先には使い込まれた重厚な木製ドア。手前にはアンティークなフォルムが印象的なベンチ&テーブルが置かれている。外壁のライオンに出合ってからたった数秒の道のりで、まるでグリム童話の世界に紛れ込んだかのような錯覚を覚え、ドアを開けるまでにもう期待感が膨らんでいく。

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今回TOPに使用した画像はドア横に配されたガラス仕切り。「PAY HERE」と描かれた文字が印象的だ。「あれは実際に使われていた銀行の払出口なんですよ」と教えてくれたのは店主の宇佐美隆一さん。今の店舗は2年半ほど前に移転したのだが、その前には椿峰団地の別の場所で店を構えていた。その当時、埼玉県のあるアンティークショップで見つけとても気に入っていたが、実はこれ、ドアや木壁が連なった大きな建具。構造上、当時の建物では導入は難しかったが、諦めきれなかったようだ。移転が決まった時には、アンティークショップの店舗備品として使われていたが「ぜひ、譲ってほしい」と交渉して手に入れたという思い入れの深いものなのだとか。

細部のディティールにまでこだわった空間演出

ドアの先にも世界観は継続している。店内を見回せば、厨房との仕切りに使うステンドグラスや木製ショーケースなどあちこちに配されたアンティークの家具。店全体が丁寧に作り込まれ、オブジェや雑貨、ポップに至るまでその世界観を踏襲する。さらに店内を包み込む白熱灯の柔らかく温かい光が、主役であるパンたちをより引き立てる。

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ここまで徹底した店づくりにはもちろんベースとなるイメージがある。 「イギリスの持つ雰囲気がすごく好きで。12年前この店を始める前に、渡英してあちこち見て回ったんです。滞在期間はずっと"視察"。ちょっとでも時間が惜しくて全く観光しなかった」。 そうして固められたイメージは「コッツウォルズのINN(宿)の1Fにあるような場所」。イングランドの特別自然景観地域に指定されたコッツウォルズは、小高い丘陵地帯にある村だ。ここ、狭山丘陵にもどこか通じるものがあるのかもしれない。

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店の顔は端正なデニッシュ

この店の魅力は世界観だけではない。あくまでも商品であるパンが主役だ。「力を入れているのはデニッシュとクロワッサン」という言葉通り、店の中央に置かれたテーブルの目立つ位置に多彩なデニッシュが並べられている。さっくりとした生地で果物やチョコレートをやさしく包んだデニッシュや、ふんわりと発酵バターが香るクロワッサン。どれを見てもきめ細かく折り重なった層が美しく、とても端正。

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店主の料理人としてのキャリアはなんと和食から。その後、パティシエとして修行を積み、その経験を経て新潟で知人とブーランジェリー「ラ・ターブル」を立ち上げ、ブーランジェ(パン職人)の道へ。その後、独立して椿峰に店を持ったのは12年前のことだ。和食からパティシエへの転身は珍しいようにも感じたが、本人曰く「本人としては和食も洋菓子もパンも違いはなくて、どれも延長線上にある感じ。完成形を見て工程がイメージできればつくれそうだなと思えるんです」。 元々デニッシュやクロワッサンが好きで、自分の店を持つならデニッシュをメインのベーカリーにしようと最初から考えていたという。

「食感も含めてとにかく"おいしいもの"をつくりたい、それだけですね」。お客さまを楽しませるために、新しいレシピも考案する。だが、それには今まで出していたどれかを減らさなければいけない。今出ている品数が無理なく作れるギリギリの数だという。「生地を待たせると味が変わってしまう」から、無理をしてクオリティを下げることはできない。こうやって話をしている間も、その手が休まることはない。

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安全に加え、味の安定性にも配慮した素材選び

小麦粉は新潟の製粉所から取り寄せる。「製粉する際に出る熱で変性しないよう工夫されていて使いやすい」という。バターは通常のものと発酵バターの2種を使い分ける。バターは時折製品不足が話題になるベーカリー泣かせの原材料だ。デニッシュ類の多いこちらの店では特に入手に苦労することがあるようだが「焼き上がりの香りが違ってくるのでマーガリンは使いません。バター不足になったらそのときは、もうデニッシュは焼かないでおこうかと」と笑う。

塩にこだわる店も少なくないが、ここでは「普通の塩」を使っているという。「塩って実はすごく難しいんです。岩塩などはミネラルの量など製品によって成分がまちまちでコントロールが難しい。パンは毎日食べるものなので、いつでも同じ味を届けるために安定性を重視しています」。 砂糖はパンよりも焼き菓子を作る際にバリエーションが求められるといい、ブラウンシュガーや三温糖、黒糖などを使い分けている。特に素朴なイギリスの焼き菓子にブラウンシュガーを少し加えると「素朴なだけじゃない味わい」が加わるという。 店内には天然酵母を使った商品もいくつか。セーグルのようにライ麦粉を配合したパン、カレンズやイチジクのパンなどは天然酵母と相性が良いという。現在使っているのは7〜8年前に起こした自家製酵母だ。

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種子島に住む店主の親戚筋からは、夏みかんやたんかん、スナップエンドウや安納芋など、季節によってさまざまな食材が送られてくるという。フレッシュでまさに産地直送、毎年これを楽しみにしているファンも少なくない。また、カレーパンに使う牛肉は東所沢・亀ヶ谷で畜産を営む見澤牧場のブランド牛「所沢牛」を使用。実は所沢の肉牛の歴史は意外にも古く、見澤牧場でも50年以上肉牛を育てているのだと初めて知った。

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パン作りは生地だけでなく、フルーツのジャムを作ったり、フルーツやカスタードクリーム、カレーに自家製ベーコンなど、その作業量は多岐にわたるが、店主は効率の良さに意識がいきすぎて品質が下がることを嫌い、ほとんどの作業を手仕事でこなす。「最近ようやく生地を均等に切り分ける機械をひとつ入れたんです」と笑いながら「ただおいしいものをつくりたい」と厨房に立ち続ける。

「椿峰ニュータウンの魅力はこの起伏によって変化に富んだ立地と、なによりも自然豊かなところ。うちは駐車場が2台で近隣にもパーキングがほとんどないので、町にあふれる緑を楽しみながらのんびりと歩いて来ていただければ嬉しいですね」と店主。狭山線「下山口駅」から徒歩20分のほかにも、池袋線「小手指駅」から「椿峰ニュータウン」行きのバスで「椿峰小学校入口」下車徒歩10分というルートもあるそうだ。狭山丘陵一帯には41ヵ所にわたるトトロの森が点在し、店からも徒歩10分足らずでトトロの森8号地に行き当たる。また、店から歩いて30分歩けば狭山湖や多摩湖の湖畔がひろがる、豊かな自然に囲まれた立地。ここでパンを買い、トトロ探しの森林浴や湖畔散歩を楽しむのもよさそうだ。

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