運命を変えたうどんとの二度の出会い
「うどん家 一」は2011年3月にオープンした。店内には大きなテーブル席1卓と2人掛けのテーブルが4つ。奥には8人が入る個室もあり、子連れに人気だそう。
店主の鈴木一孝さんの前職はなんと介護士。その前はイタリアンレストランの厨房で働いていたという異色の経歴の持ち主だ。 ある日、大宮にある「藤店うどん」で武蔵野うどんのおいしさに感動し、うどん屋をやってみようと思い立ったのだという。
鈴木さんの父が小麦粉の卸しをしていたこともあり、おいしいうどん屋の情報を仕入れては、都内と埼玉県内のうどん屋を食べ歩いた。武蔵野うどんのお店でアルバイトをしながら、おいしいうどんを探し求めていた時、出会ったのが文京区千石にある「讃岐饂飩 元喜」だった。
「それまでは武蔵野うどんのお店をやろうと思っていたんですが、『元喜』の讃岐うどんがおいしすぎて、考え方が変わりました。『元喜』で働かせてもらいながら、讃岐うどんのつくり方を学びました」
知人の書家に書いてもらったという「饂飩」の文字。暖簾の迫力ある「一」の文字も、同じ書家の方にお願いしたそう。
飲み干したくなる、透き通る極上ダシ
鈴木さんがこだわっているのがダシだ。昆布、ゲソ、いりこ、さば、めじか、うるめ、本節。7種類もの具材からベースとなるダシを引く。そこからさらにうどんに合わせて「かえし」を加え、6種類のダシをつくっていく。
醤油や砂糖、みりんなどを加えて煮詰め、数日寝かせてつくるかえしが、ダシの味の決め手になるのだそう。
かけうどん「デゴイチ」(750円)に使用するというダシを飲ませてもらうと、複雑なダシの香りと旨味が口のなかに広がり、五臓六腑に沁み渡るおいしさ。
「うちは、名古屋や関西出身のお客さまが多いんですが、みなさん『ダシがおいしい』と言っていただけますね」。
定番のメニューに加えて、季節メニューが豊富にそろう。「デゴイチ」はかけうどん。店の目の前にある小手指公園の蒸気機関車「D51」から名づけた。
讃岐うどんの麺を、武蔵野うどん風のつけ汁で
一番人気は、「肉汁うどん」(780円)。脂身まで甘い埼玉県産の豚バラに、同じく埼玉県産の長ネギと九条ネギ、炙った香ばしい油揚げを温かいダシのなかへ。つけ麺風に食べるのが武蔵野うどん流だ。
「肉汁うどん」は普通盛りで400グラムという大ボリューム! 店名の「一」にならい、一文字に盛られている。麺は透明感のあるつややかな讃岐うどんだ。
「武蔵野うどんの定番の肉汁は濃口醤油ですが、うちは薄口醤油。見た目が違うので、お客さまにも最初は薄いんじゃないかと思われるんですが、食べてみると合うんです。武蔵野うどんの肉汁と讃岐うどんを合体させた『ハイブリッドうどん』だとお客さまによく言われます。ほかのお店にはない、うちだけの人気商品です」と鈴木さん。
店を始めた時はただがむしゃらに必死だったが、いまではお客さまの様子を見ながら声をかけられるようになってきた。週に4日も来てくれるお客さまや、昼も夜も来てくれるお客さまもいるという。
4月から5月にかけては、三河産の新わかめをたっぷりのせた「わかめうどん」(900円)と、毎年問い合わせがあるという「あさりぶっかけうどん」(1,350円)が人気。
「味だけで通ってくれているのではないんじゃないかと思うようになりました。おいしい店はほかにもありますから。けれど、何度も通ってくれるお客さまがいるということは店の雰囲気や接客も含めて、きっと居心地がよくて落ち着けるからなんじゃないかな」と鈴木さんは話す。
うどんの切れ端や揚げ玉なども無料で提供(無くなり次第終了)。
おいしいうどんを求めて、人はお店に通う。けれど、そこで受け取っているのはうどんだけではない。お店の空間で過ごす時間や店主の思い、そこで交わす言葉やサービスなど、そのどれもが必要であり、お店をつくる要素。わざわざ足を運んででも食べたいと思わせる、大事なものがこの店にはあるのだろう。
※価格はすべて税込
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※写真、記事内容は取材時(2017年3月21日)になります。