知らないことだらけからの挑戦
店を切り盛りするのはオーナーの田中浩一さん・麻里さんご夫妻。共に大手ベーカリーで勤務していたときに出会い、ご結婚されたという。まさしくパンが結んだ縁で生まれた夫婦が営む二人三脚のベーカリーだ。
まさに春の日の「木もれび」のごとく穏やかな雰囲気をまとった浩一さんと、明るくはつらつとした夏の太陽のような麻里さん。ふたりがこの店を始めたのはおよそ8年前のこと。結婚と同時に出店を計画し、1年半ほどの準備期間を経てこの店をオープンした。
実は浩一さん、大学では経営学を学んでいたそうで、「当時はパソコンやネットワーク環境が整い出したころだったので、SE(システムエンジニア)になるのもいいかなと考えていたんですよ」。
ところが大学を卒業して選んだ職業は「パン屋さん」。ITの世界からは180度違った職業についてしまったようにも思えるが、一体なぜ?
「もともと、ものづくりに携わりたいという思いがあって。SEでシステムを作り上げるのでもよかったんですが、より『ものをつくっていること』が実感できるもの。しっかり自分の手をつかって物を作る。それがたまたまパン作りだったんです」
驚いたことにそれまでパンに興味があったわけではないといい、「家もパン食ではなかったので、スーパーやコンビニに並んでいるようなパンを時々食べるくらいで。小麦を使っていることくらいは知っていましたが、イーストを発酵させることも、この仕事についてから初めて知ったんですよ」。
大学を卒業して初めて勤めたのは、現在のパンブームが起こる少し前。いわゆる「町のパン屋さん」として地域の人たちに愛される店だったという。その後、そこで勤めていた先輩が独立した店を手伝い、さらに大手ベーカリーでの勤務経験も重ねた。
最初の2軒は小回りのきく小さなお店。さまざまなパン作りに携わり、腕を磨いた。 「初めての頃はとにかく楽しくてたまらなかったんですよ。うまくいかないことさえも楽しかった」。
3軒目に勤務した大手ベーカリーは驚きの連続だった。 「毎日ひとつの工程で1日が終わるオーブンの担当になったら1日釜の前。スピードも求められる。これまでとは違ったスタンスで、これはこれでとても勉強になりました」。
そしてその職場で出逢った麻里さんと結婚し、自分の店を開くことになる。
信頼で築かれた温かいコミュニケーション
田中さん曰く「何もわからないまま」始めたという店づくり。学生時代に隣町の西国分寺に住んでいたこともあり、土地勘のあった国分寺に店を構えた。
「駅から少し離れているでしょう。だから最初のうちはお客さまに認知していただくまで大変だったんですよ」と麻里さん。まばらに訪れるお客さまとさまざまな話をして、次にお客さまが訪れたら、その人と話す......。そんな日々も続いたという。だが、そのコミュニケーションが功を奏したのか、口コミによって次第に多くのファンをつかむことになった。
取材時にも絶え間なくお客さまが現れ、店内でパンを選びながら麻里さんやスタッフとの会話を楽しんでいる。
「そういえばこの間ね」。そんな"続きの言葉"から会話が始まる。これは店側とお客さま、双方の信頼関係がしっかりと確立しているからこそ生まれるキャッチボールだ。
「この辺はこどもがたくさんいて、少子化を感じない街なんですよ」と麻里さん。ママと一緒に店を訪れたこどもとハイタッチ。こどもたちもこの店に来るのを楽しみにしているのだろう。
安心できる素材をつかい、個性的なアイテムをつくる
そんな様子を心地よく感じながら、浩一さんは厨房でパン作りに励む。自分が口に入れておいしいと感じた素材だけを使い、こどもから年配の人までが楽しめるパンを作っているという。
「自分で店を持つようになってからは『感謝する』思いが強くなりましたね。物に対しても人に対しても。スタッフにも助けられているし、何よりお客さまが本当にいい方達ばかりなんです」と浩一さん。
「店を営むようになるととにかく時間がなくて。朝4時には起きて仕込み始めて、終わるのが19時半ごろ。パン作りだけではなく、カスタードクリームやカレー、ホワイトソースも手作り。それに経営など考えなくてはいけないことも増えたので、それはちょっと大変かな」
それでも普通の生活をしていたら出逢えないたくさんの人に出逢えることが嬉しいという。
小麦粉は8割が国産。パンの種類、特性によって使い分けている。コロッケサンドはお客さまから教えてもらい、実際に買って食べてみて気に入ったものを使っているそうだ。「おばあちゃんが作ったコロッケの味わいで本当においしいんですよ」
ぜひ食べて見てほしいパンは?と尋ねると、少し考えてあげてくれたのが食パン。 「湯種食ぱん」は店の一番人気だという。キメが細かく、しっとりもっちりとした食パンで、耳まで柔らかい。ほんのり小麦の甘さも感じられて、最初はそのままなにもつけずに食べるのがおすすめだ。
もうひとつの「もち麦ブレッド」は弾力があり、独特な食感がユニークでインパクトがある。三重県桑名産の「もち麦」にしか出せない食感だといい、他でもあまり使っている店がないという。
地域との繋がりを大切にする「街のパン屋さん」でありたい
国分寺は地域のコミュニケーションが盛んな地域。店同士の横のつながりも強いそうで、「木もれび」もお祭りやイベントなどに積極的に参加しているという。
「国分寺のブランド野菜『こくベジ』というのがあって、週2回野菜を運んでもらっています。ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎなどの定番野菜は通年で入ってきますし、夏にはトマトやズッキーニ。季節感が出るようにキッシュやカレーパンなどで使ったりしています。こくベジにはイチジクなどの果物もあるので、フルーツもけっこう使いますね」
地域との繋がりを大切に、温かなキャッチボールと丁寧なパンづくりを信条とした「町のパン屋さん 木もれび」。おいしいパンがある街は良い街なのだ。
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