奄美大島で始めた自給自足の生活。手作りパンへの挑戦

幹線道路からやや奥まった住宅街の一角にある「ラパン ノワール くろうさぎ」。取材で訪れた日はちょうど木曜日ということで、店主の知り合いが有機野菜やコーヒー、加工品などを販売しに集まる「木曜マルシェ」の日でした。

ひと際ラフないでたちでマルシェ参加者とおしゃべりしていた男性こそ、店主の新井孝男さん。1958年に秩父で生まれ、21歳のときに旅の途中で訪れた奄美大島の人と風景が気に入り、そのまま島で生活を始めたそう。

kurousagi_02.JPG

新井さんが奄美大島に根を下ろして間もなく、現在のパートナーでもある山田さんと出会います。ふたりは島内にある小さな集落に居を構え、自給自足の生活を開始。有機栽培で野菜を育てながら庭でニワトリやヤギを飼い、晴れた日には漁をしに海へ。醤油や味噌といった調味料も自家製です。すべて手探りで始めた大変さはありましたが、ふたりの力を合わせれば苦ではない。それは充実した生活を送っていました。

kurousagi_03.JPG

「たまにパンを食べたいけど、島にはパン屋がなくて。それなら自分で作っちゃおうってね」と新井さん。秩父農工科学高校の食品化学科を出ていたため、パン作りの基本的な知識はありました。小麦粉で作った生地をこねて発酵させ、自作の窯で完成させる手作りパン。食べたいときに食べたい分だけ焼き、島でとれるスモモで作ったジャムを塗って口にする。それが、なによりの幸せでした。

天然酵母のパン工房を創業。99年に秩父へ移転リニューアル

パン作りにもだいぶ慣れてきた頃、新井さんと山田さんはパンの販売を考えるように。当時まだ珍しかった天然酵母のパンに目をつけ、代々木八幡にある「ルヴァン」など都内の有名ベーカリーをまわって天然酵母のイロハを知るところからの、たったふたりのプロジェクトです。天然酵母の研究を進めるなかで見つけたのが、ドイツの酵母種。新井さんが手作りしていたハード系のパンとも相性が良いとわかり、この酵母種と国産小麦にこだわったベーカリーを1991年に創業。自然食品店への卸しと個人向け通販をスタートさせました。

kurousagi_04.JPG

奄美大島に古くから生息している特別天然記念物「アマミノクロウサギ」にちなんで、屋号を「くろうさぎ」と命名。ハード系のパンを中心に、クッキーやパウンドケーキなどの焼き菓子も店の名物でした。「うちの原点は奄美大島にあるんです」当時のことを思い返しながら、どこか嬉しそうなふたり。

「だいぶ年季が入っているけど、これが一番使いやすいんだよね」と見せてくれたのは、創業時から使い続けるパン型や木製ばんじゅう(製パン用コンテナ)。壊れたら修理を繰り返しながら、今もしっかり現役です。

kurousagi_05.JPG

奄美大島の小さな集落で始めた天然酵母のパン工房。年を追うごとに「くろうさぎ」ファンは着実に増えていきましたが、新井さんは創業から4年で一度店を閉めてしまいます。「故郷の秩父でお店をやろうと思いましてね。奄美大島ではハード系しか作っていなかったものですから、町のベーカリーとして再開するには総菜パンや菓子パンなど、誰にでも喜ばれるパンを作れるようにならなければと」

そう考えた新井さんは、自身のレパートリーを増やすために休業し、東京・青山にある「アンデルセン」の門を叩きます。早朝から厨房でパンを焼き、夜は製菓学校へ。パンの基礎から学び直し、製パンの知識と技術を磨いた新井さんは1999年に「くろうさぎ」を再開しました。

自ら設計した店には、ゆったり奄美時間が流れているよう

午前中の仕込みがひと段落したところで、自慢の店内を見せてもらいました。天井高のある店内は商品のディスプレイエリアとイートインエリアの2区画。これといった仕切りもなく、大きな窓から入る陽光のおかげもあってかなりほっこりした雰囲気になっています。聞けば、内装デザインは新井さんが手がけたとか。奄美大島のゆったりとした空気感を思わせる、素敵な空間です。

kurousagi_06.JPG

パンの原材料は国産小麦と天然酵母。フィリングに使うドライフルーツやナッツ類はすべてオーガニックにこだわっています。奄美時代に地場のスモモで天然酵母を作って以来、秩父でもレーズン種、酒種、ライサワー種、ルヴァン種と4つの天然酵母を自家培養し、商品ごとに使い分けています。「酵母を自家培養するのは手間もかかるし、業務用の天然酵母なんかより発酵力が弱くて不安定です。でも、自分で育てた天然酵母のクセ(特性)があるからこそ、面白いパンができるんですよ」

kurousagi_07.JPG

ショーケースに菓子パンや総菜パン、その後ろの棚にはハード系のパンが並びます。壁の棚にはイチゴやゆず、タンカンを使った自家製ジャムやマーマレードがずらり。素材の産地は秩父近隣や奄美大島などで、もちろん化学肥料を使わずに育てられたものばかりです。

kurousagi_08.JPG

天然酵母を使い分けて焼く、個性的な約50種類のパン

新井さん曰く、クセのある天然酵母を使ってこそ生まれる「くろうさぎ」のパン。1日に焼き上げる50種類ほどのパンの中から、とくに思い入れのある商品を選んでもらいました。左の「いちじくデニッシュ」(238円)はさっくりとした口当たりのデニッシュ生地にカスタードクリームとドライ白いちじくのコンポートがたっぷり。中央の「胡桃満月」(248円)は、ほのかな甘さのキャラメルヌガーをまとったクルミ入り。ゴマの香りとキャラメルの甘味が口に広がります。右は「クリームチーズいちじく」(280円)。いちじくのコンポートとクリームチーズを食感の強いハード系のパンでくるんでいます。

kurousagi_09.JPG

kurousagi_10.JPG

「うさぎコッペ あんバタ」(は、北海道産のオーガニック小豆のあんに同じく北海道「よつ葉乳業」のバターを使用。「あんことバターを塗ったコッペパンがこどものころから好きでね。僕の思い出の味をうさぎ型で商品化しました」

kurousagi_11.JPG

「くろうさぎ」の原点ともいえるハード系も充実しています。左の「ノアレザン」(853円、ハーフ427円)は、クルミとレーズンの入った定番。短いバゲットのような形をした「スペルト30」(410円)は、古代エジプト時代から栽培されていたといわれるスペルト小麦を練りこんだ人気の品です。ナッツのように香ばしいスペルト小麦独特の味わいを求め、定期的に購入するファンも多いそう。

新井さんが創業からずっと守ってきたのは、確かな素材で誰もが安心して口にできるパンを作ること。手塩にかけて焼き上げるパンには、新井さんの素朴な人柄が詰まっています。

※価格はすべて税込
※営業時間、販売商品、価格等が変更になる場合がございます。
※新型コロナウイルス感染防止対策により、営業時間が変更になる場合があります。