川越の歴史と今

太田道真・道灌父子に発祥する城下町文化

川越の歴史は古く、縄文時代にはすでに人々が生活していたことが多くの古墳群から知られています。川越の地名の由来といわれるのは、鎌倉時代の武士・河越氏です。娘が源義経の正室になるなど幕府の御家人として力を持ちました。その後この地を治めた上杉氏の家臣であった太田道真・道灌父子が川越城を築き、川越城下町が形成されていきました。

川越と江戸を結ぶ
舟運によって繁栄した「小江戸」

江戸時代、川越藩は江戸の北の守りとして重要視され、藩主には有力大名が配置されました。寛永15年(1638年)の大火後、藩主となった松平信綱により新河岸川の舟運(しゅううん)と城下町が整備されると、川越は流通の中継地として発展していきます。地元の農産物や特産品が江戸へ運ばれ、なかでも川越唐桟織は江戸で人気を博しました。逆に江戸からは最新の文化が持ち帰られたことから、川越は小江戸と呼ばれました。

大火の経験から生まれた
「蔵造りの町並み」は観光名所に!

しかし繁栄した川越を明治26年(1893年)、再び大火が襲います。この火事により川越の中心街のほとんどが焼失してしまいました。そこで川越の商人たちは、耐火性を備えた建築として蔵造りに着目します。今も残る蔵造りの町並みは、当時の商家の名残りであり、江戸の情緒を今に伝える川越観光の見どころとして欠かせないものになっています。

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