駅からの道のりから高まる期待感

ゆったりとした時間が流れる遊歩道にすぅっと心が落ち着いてゆくのを感じながら少し歩く。やがて見えてくるのがコーヒースタンドの看板だ。エントランスには木製チェアが並ぶ。隣に民間の学童施設があるため、道路にはこどもたちがチョークで描いた落書きが。どこか懐かしい光景に心が和む。わずか1分の遊歩道さんぽだが、その心地よさを経由することによって、これから開く扉の向こうへの期待感がぐっと高まっていった。

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「手仕事」に囲まれたコーヒースタンド

木枠にガラスの扉を開けると、小さなキッチンが目に入る。そのカウンターの中から笑顔で迎えてくれたのはオーナーの小林聡さんだ。元々、WEBデザイナーとして旅と手仕事にフォーカスしたウェブマガジン「タビトテ」(https://tabitote.com/)を運営。全国各地の民芸品、工芸品の工房や産地を訪ね歩き、作家や職人を取材。彼らの手仕事を間近に触れ、心惹かれてきたという。そして、手仕事で生まれる民芸品の魅力をより身近なものとして紹介したいという思いから2018年、実店舗を構えることになった。

以前ショップを構えていた池尻大橋から、井荻に移転したのは2019年6月。それに伴い、コーヒースタンドを併設した。コーヒースタンドのコンセプトも勿論「手仕事」。道具にこだわり、丁寧に手で淹れたコーヒーを提供している。

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天井を見上げると細かく編まれた竹でしつらえられ、窓には独特なデザインのガラスがはめ込まれている。聞けばここは以前ガラス作家の夫婦が入居していて、ギャラリーとして使用していたそう。そのため、窓のガラスはすべて作品でできており、内装も手仕事で施されているのだとか。小林さんは以前からこの場所を知っていたが、移転先を探していたとき、偶然にも空いていたという。手仕事に魅入られた小林さんにとっては得難い物件だったことは想像に難くない。狙って得られる物件ではないはずで、"偶然のタイミング"には何やら因縁めいたものさえ感じてしまう。

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豆と道具、手仕事にこだわって淹れる毎日のコーヒー

「コーヒーが好きな人は毎日飲む習慣がある。だから"いつでもここにくればおいしいコーヒーが飲める"そんなコーヒースタンド"でありたいと思っています」と小林さん。

豆はFRESCO COFFEE(阿佐ヶ谷)やPASSAGE COFFEE(三田)を中心としたロースターから仕入れた世界各国の選りすぐりの"スペシャルティコーヒー"と、神戸の余白珈琲から取り寄せる中深煎りからお好みで選べる。

手仕事をテーマにした店らしく、コーヒーも手淹れにこだわっている。

ホットやアイスなどはフィルターを使い、丁寧にハンドドリップ。また、エスプレッソに使用する"エアロプレス"は最近のトレンドとしても注目されている手淹れの器具だ。

オーダーが入るとメニューによってそれぞれの器具を使い分け、1杯ずつ丁寧に淹れている。

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意外な組み合わせが楽しいアレンジコーヒー

タビトテのコーヒーがユニークな点は器具の使い分けだけではない。定番のホット・アイスやカフェラテは勿論、2層になったビジュアルが楽しい"エスプレッソ・トニック"や、自家製レモンシロップをたっぷり入れた"レモンコーヒー"など、ほかではなかなか味わうことのできないアレンジコーヒーがラインナップされているのだ。

"エスプレッソ・トニック"はコーヒーのほろ苦さと炭酸が合わさることで爽やかなテイストに。"おめざコーヒー"としても良さそうだ。口の中で弾ける気泡がコーヒーの香りを強調しているようにも感じられた。

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"レモンコーヒー"はコーヒーのアロマにレモンの香りが加わり、自家製レモンシロップの甘酸っぱさが新感覚。フルーティな香りが特長のスペシャルティコーヒーとは特に相性が良いという。意外な取り合わせのように感じるが、イタリアや香港などでは広く知られた飲み方なのだ。

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コーヒーを待ちながら、全国の民芸雑貨に触れる

コーヒーが提供されるまでの間は小林さんが淹れる手仕事を堪能するのもよし、店内に並んだ商品を見て回るのもよし。この店ではコーヒーを待つ時間もまた楽しい。

店内に並ぶのは手仕事で作られた器や箸、ほうきにアクセサリーなど、小林さんが自らセレクトした商品。職人や作家が心を込めて作り上げたものばかりだ。

「"商品を売る"という意味では、人通りの多い路面店のほうが良いんでしょうね。でも、ここに来てくださるお客様はひとつひとつをじっくりと手に取り、選んでいかれる。自分もその商品の背景や職人さんたちの思いをしっかり伝えていきたい。その意味ではこの空間がちょうどいいと思っています」。

駅からの穏やかな道のり、手作りでしつらえられた店内で手仕事にこだわったコーヒー。全国から選りすぐった民芸品のそばには製造過程を切り取った写真が飾られている。すべてが揃うと、まるで「タビトテ」というひとつの作品を見ているかのようだ。

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生活様式によって伝統も変化していく面白さ

手仕事ものはどれも魅力的だが、小林さんが特に惹かれるのは焼きものの器だそう。日本中どこにでも焼き窯があり、地域によって土の違い、釉薬による色の違い、伝統や職人による形の違いなど、土地による個性が明確にわかりやすいのが魅力だという。

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日本における焼きものの歴史は長い。その伝統を受け継ぎながらも、実は変化していっているのも食器の面白いところだと教えてくれた。

例えば渦巻きのようなユニークで大胆な図案が目をひいていた瀬戸焼の皿。とてもモダンなデザインにも思えるが、実はこれ、愛知県の瀬戸地区に江戸時代後期から続く「馬の目皿」という伝統的な瀬戸焼をモチーフにアレンジしたものなのだ。

元々は少し深さのある皿に馬の目を模した渦描き模様を大胆に描きつけた大衆的な工芸品だった。その原型をみると確かに古風な感じのお皿。これを押し型のように彫りつけることで現代的な皿に生まれ変わった。

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かつて大家族で暮らしていた時代から、現在は核家族へと家庭のスタイルも変遷している。またパスタやカレーなど、洋食が食卓に上がる機会も増えた。それらの変化に寄り添うように、伝統的な器も少しずつ姿を変えているという。大きさがひとまわり小さくなったり、浅いプレート皿が増えたり。お皿一枚にもさまざまな歴史や物語が内包されている、そんな事実を知れば、毎日使う食器にも愛おしさが湧いてくる。

「工芸品というと高額だったり、壊れやすいと思う人が少なくない。でも、うちで扱う商品は特別に高いわけじゃないんです。民芸品は日常生活で使うものだから、すごく丈夫。気軽にどんどん使って欲しいですね。もし壊れてしまっても修理できるものも多いんですよ」と小林さん。

ファストフードで気軽に食事でき、百均ショップでも食器が買える時代。でも、だからこそ丁寧に淹れたコーヒーや職人の思いがこもった民芸品を通して伝わる人の手の温かさが心に沁みるのだ。

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