"ドイツ菓子の神様"の味と想いを受け継ぐ

都立家政商店街にある「スイス・ドイツ菓子 こしもと」は、華やかなフランス菓子を並べるパティスリーとは少し趣が異なる。看板にもある通り、スイスやドイツの伝統的なお菓子をつくり続けているお店だ。

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「なぜドイツ菓子?」と不思議に思いつつ店内へ入ったとたんに、ナッツの香ばしい香りや焼き菓子の甘い香りにふんわりと包まれた。
正面のショーケースには、ちょっと地味で素朴な風情のケーキが並べられ、スイスやドイツの国旗と共に見慣れないカタカナの名前の札がついている。「ほう、これがドイツのケーキね......」と、ついつい読み込んでしまう。

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ふとショーケースの後ろに目をやると、シェフ帽をかぶって笑顔を見せる外国人男性の写真が飾ってあることに気が付いた。
こちらの写真は、40年以上前に来日して日本の西洋菓子の基礎を築いたドイツ菓子のマイスター、ウォルフガング・ポール・ゴッツェさん。本国ドイツでも少なくなってきているという伝統菓子の数々を誠実につくり伝え続けた職人で、日本における西洋菓子の神様とも言える存在なのだとか。

「こしもと」のオーナーシェフである腰本祐二さんは、このゴッツェさんのもとで修業し、たくさんのレシピを受け継いだ愛弟子。
この店に並ぶスイスやドイツのお菓子たちは、マイスターがそのまた前の師匠から受け継ぎ、腰本さんへと伝えられた、職人たちの智恵と努力の結晶なのだ。

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1976年にゴッツェさんが書いた本『現代スイス菓子のすべて』は日本洋菓子界のバイブル。貴重な一冊を腰本さんが見せてくれた。

ナッツが特徴。細部までこだわった素朴なお菓子たち

「こしもと」では、スイスやドイツで長年愛されてきた伝統的なお菓子を、腰本さん曰く"古典の枠の中で"忠実につくり続けている。日本人に受け入れられるようにアレンジを加えることはあまりしていないそう。
「ほかのドイツ菓子の店では、日本向けにアレンジしたものも出しているけど、うちはあえてそのままの味で。日本ではめずらしいケーキも出しています」とのこと。

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中でも、小麦粉の代わりにそば粉を使った「ブッフバイツェントルテ」(430円)は、ドイツ北部のリューネブルガーハイデの周辺で食べられているケーキ。古くから荒地帯として知られているエリアで、小麦などを耕作できないためにそば粉で代用してお菓子がつくられていたそう。スポンジとクリームの間に入ったリンゴンベリーの甘ずっぱさがポイントだ。

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ドイツのお菓子はクルミやアーモンドなどのナッツをふんだんに使うのが特徴。師匠のゴッツェさんのスペシャリテであるチョコレートケーキ「ゴッツェトルテ」(450円)の生地にも、アーモンドプードルが入っているので香ばしい風味がプラスされている。

実はこのアーモンドの粉末、市販のものでは細かすぎるので腰本さんが自ら粗めに粉砕したものを使う。
ほかにも、チョコレートの一部はカカオ豆から手作りしており、チーズケーキに使うクワルクチーズも自家製だ。
「細かいところまでこだわり過ぎて、手が回らなくなるんですけどね」と腰本さんは笑うが、おいしいものをつくりたいという真摯な姿勢は師匠譲りだ。

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「スイスロール」(430円)はお酒が入っていないのでお子さまにも人気。

マニアックなドイツ菓子が日本の商店街で愛される奇跡

もともとお菓子の食べ歩きが好きだったという腰本さん。吉祥寺でゴッツェさんが営んでいたケーキ店「ゴッツェ」を訪れたとき、自分が求めていたのはこの味だと直感したそう。

修業時代、師匠からはベルリンでの幼いころの話など、たくさんの貴重な体験談を聞き、郷土菓子が持つ時代的・文化的な背景もレシピと共に学んだ。その土地で親しまれてきたお菓子には、愛されるべき背景があるのだ。
古典的なお菓子には、長い時間とたくさんの職人が関わって作り上げられた枠のようなものがあり、その枠から出ない範囲で腰本さん流の工夫を加えながらお菓子をつくることを大切にしているのだとか。

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ヒッペは、ドイツ北部、オランダ国境近くのオストフリースラント地方で食べられる、新年を祝うお菓子。日本でいうところのゴーフルのような存在。

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ドイツ菓子のヒッペやスイス菓子のブリスレを焼くために、わざわざスイスで手に入れたというブリスレメーカーも。

腰本さんは、師匠が吉祥寺の店を閉めるまで修業したあと独立し、2006年にこの店を開いた。ゴッツェさんから継承した数多くのレシピや技、感覚を失わないよう定期的にメニューを変え、マニアックなものまで店頭に並べている。

店にやってきたドイツ人やスイス人のお客さまは、本国でもあまり見かけなくなった伝統的なお菓子が、遠く離れた異国の地でつくられていることに驚くという。
ヨーロッパの地方色豊かなケーキや焼き菓子が、都立家政の商店街で親しまれているという不思議な縁。
飛行機に乗らずとも、電車で買いに行けるドイツの味は、ひとつの奇跡なのかもしれない。

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※価格はすべて税込
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※写真、記事内容は取材時(2018年11月26日)のものです。