番場通りで愛されて50年以上。懐かしさを体感できる場所

かつて秩父神社の参道として栄え、大正モダンを匂わせる建物がいくつも立ち並ぶ番場通り。石畳の歩道を歩くだけでタイムスリップしたかのような感覚になります。今回お伺いしたのは、創業50年以上の歴史を誇る「パーラーコイズミ」。ネオン管のサインボードや食品サンプルなど、クラシカルな佇まいで番場通りの風景に溶け込んでいます。

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板張りの床に木製テーブルとイスが置かれた店内は、長年かけて熟成されたシックな空間。静かに流れるジャズの調べが、より一層の味わい深さを演出しています。店に一歩入ると、得も言われぬ懐かしさを全身で感じることができます。

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秩父にはなかった洋食文化。ホットケーキで一気に繁盛店へ

店を切り盛りするのは、マスターの小泉建(たけし)さんと奥さまの富美子さん、2代目の淳さん夫婦です。菓子店の息子として秩父市に生まれ育った建さんは、高校卒業と同時に上京。当時、上野で評判だった洋食店に入り、料理人としての第一歩を踏み出しました。

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「上野で働いていた時にちょうど東京オリンピックが開催されましてね。大会中、私たち従業員はこのワッペンを胸に付けて仕事したんですよ」。思い出の品をテーブルに並べ、修業時代のエピソードを懐かしそうに語る建さん。当時の日本といえば高度経済成長期の真っただ中。新しい流行が次々に生まれる東京で8年ほど修業を重ね、本格的な洋食を出す喫茶店「パーラーコイズミ」を開きました。

創業した1967年当時、秩父にはまだ洋食文化があまり根付いていませんでした。東京では連日のように老若男女が口にしていたナポリタンやハンバーグが、秩父の人たちに受け入れてもらえない現実。さらに、生クリームやアイスクリーム、缶詰めのチェリーといった必要な食材を扱う卸問屋が秩父周辺にはなく、東京から高い配送料をかけて仕入れるしかありませんでした。「食材もなければお客さんも来ない。ここで商売をやっていけるのか、相当不安でした」。

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しばらくすると、女性たちの間で「パーラーコイズミ」のホットケーキが話題となります。「『テレビや雑誌で見たホットケーキが食べられる』と口コミで広まり、若い子たちがよく来てくれるようになったんです。あのころは女性客が8割ほどで、たまに男性から『ここは女性専用の喫茶店かい?』なんて聞かれたほどでした」。

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奥さまの富美子さんも常連客のひとりでした。「実家と職場の間にこの店があったの。だから、仕事帰りにホットケーキをいただいたり、お土産にケーキを買ったりしていたのよ。マスターとよくお喋りしていたわ」。ふたりは後に交際をスタートさせ、1974年に結婚。その2年後には長男の淳さんが生まれます。

手作りの味にこだわる。理由は、それが一番おいしいと思うから

ハンバーグ、ホットサンド、ピザ、パスタ、パフェ......。創業から50年以上も愛されてきた「パーラーコイズミ」の味がずらりとメニュー表に並んでいます。建さんがこだわってきたのは、既成のソースや加工食品を使わない手作りの味でお客さまをもてなすこと。「最近の業務用ソースが良くできているのは知っています。だけどお金をいただく以上は、インスタントな味を出すわけにはいきません。それに、自分の家で作ったのが一番おいしいに決まっていますからね」。

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たとえばこちらの「チョコレートパフェ」(600円)は、ココアをベースにした自家製チョコレートソースをかけた人気のパフェ。カカオの香りをあえて抑えることでアイスクリームやフルーツの味をバランス良く引き立て、最後まで飽きずに食べることができます。

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「プリンアラモード」(700円)に使用するプリンは、ミルクに卵、砂糖などを加えた自家製。ふわりと口に広がるミルクの香りと控えめな甘さは、郷愁を感じる仕上がり。自家製コーヒーゼリーに生クリームを添えた「モカペア」(550円)など、多彩なデザートメニューがある中で、チョコレートパフェとプリンアラモードはダントツの人気です。

2代目が誕生。守るべきは、父が作った「ここにしかない味」

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現在、厨房を任されている2代目の小泉淳さん。淳さんもマスター同様、高校卒業とともに料理の道へ進みました。調理師専門学校を出たあとは、都内のステーキハウスを経て県内のイタリアレストランに就職。約20年の経験を引っ提げ、2018年に「パーラーコイズミ」の2代目に就任しました。実はこのとき、店のメニューをイタリアンに一新するという計画もあったそう。

「うちみたいなレトロ喫茶を求めて、遠方から来てくれるファンもすごく多いんです。それを見ていたら、父が守ってきたコイズミの味を捨てることはできませんでした。むしろ私がこの味を受け継いでいくべきだろうと」。父親が築き上げた味を残すと決めた淳さんは、月替わりのおすすめメニューを考案するなど「パーラーコイズミ」のDNAを生かした新たな挑戦を始めました。

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「せっかくですから、これも食べていってください」と淳さんが作ってくれた「ナポリタン」(700円)。マスターが生み出し、2代目が守ると決めたコイズミの味のひとつです。

ナポリタンの味付けには、トマトケチャップと数種の野菜を3時間ほど煮込んだ自家製イタリアンソースが使われています。「創業からずっとこの自家製ソースです。手間もお金もかかるけど、うちでしか食べられない味を出したくてね」と建さん。軽やかなトマトの香りに野菜の甘味が溶け込んだ風味豊かな味わいで、作り手の優しさを感じる逸品です。

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創業からこれまで、店の経営は決して順調ではなかったとしみじみ語る建さん。1970年代半ばを過ぎると秩父市内にもファミリーレストランができ始め、外食文化は大きく様変わりました。「いろいろなメニューが手軽に食べられるファミレスが流行った時代は、喫茶店が忘れられた時代でもあるんですよ」。それでも信念を曲げず、時代に迎合せずに同じ味を続けてきました。「マスターはとにかく真面目。自分がこうと決めたら絶対曲げない性格なの」と富美子さんが言うのもうなずけます。

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長男の淳さんが加わり、2018年に始まった「パーラーコイズミ」の第2章。「息子が店に戻っていなければ、今でも私が厨房に立っていたでしょうね。この体が動かなくなったら店をたたむとき。だから、戻ってきてくれて正直ホッとしていますよ」。少し照れくさそうに語る建さんの表情が印象的でした。

時代が移り変わり流行が巡っても、父と子で守り続けてきた喫茶店の味。目の前に出されたチョコレートパフェにワクワクした子供の頃を思い出しに、今度の週末は西武秩父駅から番場通りを散歩してみませんか?

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